厄除け 伏見区・弁財天 長建寺(べんざいてん ちょうけんじ) 中書島の弁天さんは京都で唯一、弁財天を本尊とするお寺で開運・厄除けを祈願します。 祇園で芸妓をしていた18才の女性、中書島にきて警察官をしていた男と知り合い、互いに愛しあい、結婚できるよう弁天さんにお願いしました。 22才のとき結婚。借金して家を買い、何度かおそってきた困難のとき、いつも弁天さんにお願いして助けていただ...
厄除け 下京区・成道院(せいどういん) 成道院の呑竜さんにお参りする人は、安産、子育て、厄除けを祈ります。 本尊阿弥陀如来・脇壇に呑竜上人の木像が安置しています。 呑竜上人は、新田義重の御廟再興の時、慶長18年(1613)上野国太田町大光院の住職をしていました。昔より、呑竜坊主といって子供も坊主頭にして7才までお弟子にしますからといってお祈りしますと、子供が...
厄除け 山科・岩屋神社(いわやじんじゃ) 岩屋神社にお参りする人は厄除け・合格祈願、選挙必勝、社運隆昌、家内安全を祈願します。 この日は神社から開運の神矢、絵馬、お札、お守が授けられてます。 本社から数百歩の後山に2つの大きな岩があり、1つを陰岩、もう1つを陽岩といいます。 宇多天皇の時、陽岩に天忍穗耳命、陰岩に拷幡干々姫命、岩前の小社に饒連日命を祀っています...
厄除け 山科区・花山稲荷神社(かざんいなりじんじゃ) 大石内蔵助必勝祈願の社 花山稲荷には技芸の上達と商売繁盛を祈ってお参りになります。 昔は三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)の伝説にちなんで、刀鍛冶の方のお参りが有り手先の細工物、織物、大工さんなどのお参りがありました。 商売繁昌と厄除けと宮参りをはじめいろいろのご祈祷を受けつけています。 大昔、ここから宗像神社にご分霊になったといわれ...
厄除け 新京極 錦通りの錦天満宮 (にしきてんまんぐう) 京の繁華街・新京極・寺町京極・錦通りにかこまれて錦の天神さんがあります。 もともとご祭神が菅原道真公ですから学問の向上入試の合格祈願が多いわけですが場所がら商売の智恵をいただこうと朝夕お参りになります。 社伝によりますと長保年間(999~1005)歓喜光寺が六条河原院遺跡に移し建てられその鎮守社として天満宮が再び祀られ...
厄除け 通称:赤ノ宮神社 (あかのみやじんじゃ)賀茂波爾神社(かもはにじんじゃ) 通称:赤宮さんは、正しくは賀茂波爾神社。方除け・火難・災難除けの信仰があります。 北大路通りにある高野橋をおよそ80メートル川端通りを上へあがり、疏水を東につきあたりますと赤宮さんの鳥居が見えます。 ご祭神は波爾安日子神。波爾安日女神。天照大神の弟にあたる神さんで方除けの信仰があります。波爾安日子神は土壌をつかさどる神...
厄除け 左京区・八神社(はちじんじゃ) 左京区・八神社へお参りになる方は方除けを祈願してお参りになります。 ここは、旧銀閣寺村の氏神としての信仰があります。 社伝によりますと、ここは御所からちょうど丑寅の方向に当り、昔弘法さんが比叡山へお上りになる時にはここでもろもろの神を拝まられた神宮斎場であったといわれます。 このお宮は、延喜年間(901~922)の創立...
厄除け 寂光院(じゃっこういん) 寂光院の本尊六万体地蔵尊にお参りする人は、心願成就をお祈りします。 呂川横の小道を下り、敦賀街道を横切って1.5キロほどの草老いた地に寂光院があります。 8月23日の地蔵盆は、この日は、4百年前の幡、打敷、道具をお出しして、お供物をお供えし、村全体の人々、信者の申しこまれる回向をあまねく一方万霊の回向をします。 外国へ...
厄除け 今宮神社(いまみやじんじゃ) 北区の今宮神社にお参りする人は厄除け・病気平癒・交通安全を願います。 この社は素盞嗚尊を祭神とするもので長和4年(1015)の夏疫病が流行した時お告げによって祀られたものです。 このときには疫病から逃れたいとお参りの群衆でにぎわいました。 永承7年(1052)の夏、ふたたび、疫病が流行したとき天安寺(のちの法金剛院)...
厄除け 三宝寺(さんぽうじ) 鳴滝の妙見さん 鳴滝の妙見さんで庶民に親しまれている三宝寺は700年続いている「ほうろく灸」の行事があります。 1年のうちで一番暑い日とされている土用の丑の日に呪文を書いた「ほうろく」を頭の上に乗せもぐさを置いて火をつけ、木剣にて九字を切り悪鬼邪霊の障りを除く祈祷です。 三宝寺にお参りする人は頭痛平癒を祈願します。神戸からお参りに来ら...